なぜ勉強するのか? [ソフトバンク新書] / 鈴木 光司よく会話中で「学校での勉強は役に立たない」ということが取り上げられることがありますが、口ではそう言っても本当はそうは思わない。
数学ができる人、物理ができる人の世界の見方はワタクシとは絶対違うだろうし、もちろんワタクシの世界の見方もそんな人たちの世界の見方とは絶対に違うだろう。
ワタクシは勉強とは世界を色々な見方をするための手段を得るためにするものなのだろうと思う。
つまり自分なりの世間へのリテラシーを形成するための終わりなき作業ですよ。
そして、それは社会における自分を形作る作業なのでもあるのだと思います。
だから無駄なことなんて一切ないし、終わることもない。
何故なら世界は今日も変化しているから。
ただ子供にそんなことを言っても理解しないだろうからどう言えばいいんだろうなぁと思って手に取った本だったのですが、この本の回答としては「社会をよりよくするため」という単純明快なものでした。
何かそういう風に言っちゃうのはちょっと気恥ずかしいなぁ。
著者から言わせればその気恥ずかしさが日本人の駄目なところ、っていうカンジなのかもしれないけど。
著者の方は「リング」の作者なんですが、人によっては文章の端々に伺える自信の表れが鼻につくかも。
まあ、そんなことはどうでもいいんですが何で勉強するのか?という主題があるのになぜか語られることのほとんどが作者自身の教育方法論だったりするところやその根拠が推測だったり明確なデータを提示することなく語られてしまうところが残念でした。
「昔はよかった」という言葉を物質的な豊かさだけで現在の方が優れているから単なる回顧主義だと断罪してしまうところには特に違和感が。
オッサン・オバサンが「昔は良かった」と言う時ってどっちかいうと精神的な物だと思うんですよね。
誰も原始時代の話してねーし、みたいな意図的なのかどうかわからないけど話のすり替えがあったりするところに作者の根拠の弱さを感じました。
他にも作者自身のトンデモな歴史見解やアメリカマンセーな文化論にも呆れる部分はありますが、まあこれも一意見として面白いなと思いました。
頭痛止まらず。
週明けから頭痛が止まらず苦しんでいます・・・(;´Д`)ウウッ…
ゲームしてると意識が白むぐらいズキズキ、そうですね、早く寝ますね|Д´)ノ 》 ジャ、マタ